マドリード 簡単な歴史
MADRID
Es capital de España.
Tiene muchos sitios bonitos , museos , palacios , bares , restaurantes , etc....
マドリードは、スペインの首都で、イベリア半島のほぼ中央部の盆地にある。
ローマ時代から人が住んではいたものの、さほど重要ではなかった。
「Mayrit」と書かれていたらしい。ローマやアラブの影響もあれば、ドイツ系の西ゴーゴ族の影響もある。王宮の近くにはアラブの城壁が若干残っている。
Plaza de San Andres にある「Museo de San Isidro」では、ジオラマや3Dを使って、先史時代からのマドリードの歴史を展示している。アラブの時代の城壁がどんどん広がって今の街になっているのがよくわかる。
首都となったのは、1561年、フェリペ2世の治世下。
いわゆる「Siglo de oro」(黄金世紀)という時代もあったが、実はかなり財政的に逼迫していたらしい。それでも、ベラスケスをはじめとする絵画、セルバンテスやローペ・デ・ベガ、ケベードなどの文学や演劇などの芸術家が活躍する時代だったらしい。
18世紀には、王朝がハプスブルグ家からブルボン家に変わったため、文化的にも大きく変わった。フランスからきた王様、太陽王ルイ14世の孫にあたるフェリペ5世は、フランスに未練たらたらで、庭をベルサイユ風にするなど、よほどスペイン風はお好みでなかったらしい。この王様が即位する時には、ハプスブルグ家やポルトガルなど、かつての王様の孫にあたる世代の人々の間で「継承戦争」が勃発して、欧州の広い範囲で戦争となった。そもそも、カルロス2世という王様は虚弱体質で、後継者を望めなかったということにある。カルロス2世の肖像画がプラド美術館にもあるが、いかにも近親結婚の末にこうなりました、という感じだ。ちょっとアルフィーの高見沢さんに似ている。
ハプスブルグ家とブルボン家、一番よくわかるのは紋章だろう。例えば、アウストリアス地区の建物にあるのはハプスブルグ家の紋章「双頭の鷲」。ウイーンのホーフブルグ宮殿などにもあるのと同じだと思う。一方、ブルボン家は百合。これもベルサイユ宮殿などフランスでよく見かけるものと同じ。ブルボン家になって以降に建てられた建物には、この百合の紋章がある。外見だけでも、地味好みのフェリペ2世の影響もあり、ハプスブルグ時代の建物は地味だが、ブルボン家になってからは、比較的派手。建物だけでなく、プラド美術館の歴代王様の肖像画を見ても、ファッションががらりと変わりっているので、その嗜好の違いがよくわかる。
今の王様はブルボン家の方になるが、お母様はギリシャ王家の王女様で、欧州で最も高貴な血筋らしい。王妃様は元国営放送のキャスターで、結婚歴があり離婚もしているが、教会での結婚ではないので、ないことになるらしい。この王妃様、何年か前は公式の場にMANGOやZARAなどの国産のファスト・ファッションのブランドをお召しになって登場されて話題になったことがある。
マドリード市立歴史博物館には、マドリードの歴史が一目でわかる展示がある。ショッピングやバール巡りでにぎわうFuencarralにあり、入場は無料。
他にも、「黄金の世紀」に活躍した王の寵臣の屋敷が文化センターになっていて、展示のほとんどが無料で見ることができたり、建物自体からもかつての大貴族の邸宅がどのようなものであったかを想像することができる。(Conde Duque)
マドリードを観光している人の話を聞くと、思った以上に田舎だったとか、特に見るものはないというネガティブな声が多いので、個人的にはとても悲しい。
歴史といっても、世界史の中で注目されたのは新大陸発見とかレコンキスタ、市民戦争くらいだから、仕方がない・・・
最近はフットボール、タパスなどもあるが、某州州都のあそこに比べると退屈なところかも・・・と卑屈になってしまう。